Bookレビュー2011-vol.78 東浩紀『一般意志2.0』

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

新しい民主主義の構想について書かれた本。
ルソーの一般意志という概念を柱に展開する。
一般意志については、本書の前半のほとんどが割かれているほどの内容を含むので、ここでは説明できない。

一般意志は、ルソーの時代には夢物語でしかなかったが、現代では情報技術の発達により、人々の意思を把握することが可能になった。
これを政治に使おうではないか、というのだ。

本書でいう一般意志とは「誰かが誰かに向かって言ったこと」の集積ではない。
「言うか、言わないかに関わらず、そう思っていることそれ自体」の集積(正確には、その集積に現れる多様性や差異)である。

そういう意味では、選挙や世論調査は人々の意思を反映させているかのようでいて、「誰かが誰かに向かって言ったこと」の集積でしかない。
しかも、これらは最初から「選択支」が絞られていて、多様性が失われている。
例えば「今の政権を支持しますか?」のような質問は、「震災対応には不満だが増税は賛成だ」というような意見を排除してしまう。

一方で、本書で提唱されている一般意志2.0は、誰に向けたわけでもない「ツイッターの呟き」や「GPS連動アプリによる人々の移動履歴」、「フェイスブック上の人間関係」、「グーグル検索での頻出ワードや、ワードごとの関連性」といった記録から得られる「それと意識して表出したわけではないが、表出せざるを得なかった意志」を分析し、相殺し、意味づけしたものである。
こういった意志は自由であり、多様である。

もはや、「民主党を支持しますか、それとも自民党を支持しますか?」といった質問はほとんど機能しない。
であれば、政治は「党」でもなく「選挙結果=民意」でもなく「一般意志2.0」を元に(少なくともそれを気にしながら)行われるべきだ、というのが本書の主張だと思う。

これらは一見、斬新なアイデアだが、実はすでにビジネスの世界では実装されている。

例えば、TSUTAYAの「Tカード」は日本人口の30%が保有し、多様な加盟店によりあらゆる生活材を購入する際に利用され、それによって蓄積されているあらゆる購買データ(商品、関連性、頻度、リピート率、位置)が記録され、Tカード加盟店に提供されているという。

加盟店はその「購入」という「単純で多様な欲求から現れたデータ」の蓄積を元に、「誰からもクレームや意見をもらうことなく」、事業改善を図ることができている。
もはや、「そうでなければ支持されない」と言っても良い。

「民意ではなく一般意志に従う政治」とは、「クレーマーではなく購買データに従う企業戦略」に近いだろう。
もちろんクレーマーの意見にもヒントはある。
でも、それは「特殊意志」であり、必ずしも全ての意志を含有していない。

一方で、現在の政治はクレームの嵐である。
例えば、閣僚などが責任をとって辞任するのは「散々言われた後」だ。
(そういう意味では、2度の迅速な辞任をした前原氏、あるいは早々に引退した小泉元首相は「一般意志」を鋭敏に感じ取ったといえるかもしれない)

なんにせよ、政治のしくみは企業に数歩遅れをとっているわけで、その遅れを取り戻そう、という提言とも読むことができるだろう。