「定年退職時の資産」という価値観

帰省したので父親と話をした。

僕も今年はローンを組んだりしたので、お金の話になったのだけれど、新しい発見があった。

それは「定年退職時の資産」という自己評価指標を、父親が持っていたことだ。
これは、定年後の生活の安定を示すためのものではない。
どうも、以下のふたつの理由があるらしい。

1つは、「子どもに残す遺産がどれくらいあるのか」というのが、人間が一生を終えるときの評価につながるという考え方だ。
もう1つは、定年時点の資産が、これまでの企業人生の収支結果である、という考え方である。

前者については、仮に父親が85歳まで生きたら僕は55歳なので、もらっても今からどうこうしようという年令ではなくなっている。なので、むしろ父親が自分で使ったほうが日本経済に良いと思うし、使わずくれるならば今ほしいと伝えたが、具体的には進まないだろう。相続と贈与については税制の問題もある。

後者は、すこし分かりにくい。「定年時点で、資産をたくさん形成した人のほうが立派だ」という価値観である。資産とは、現金に加え土地や家も含む。これは言い換えれば、できるだけ稼ぎ資産を形成する一方で、消費は少ないほど立派な人ということになる。

これらは昭和的(あるいはもっと古くからの)価値観だと思うけれど、ひょっとするとそういう人は多いのかもしれない。

日本の中高年層がどんどん資産を形成していくのは、社会保障の先行き不透明感以外に、こういった価値観によるところが大きいのだろう。